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市場とは何か その23

商品先物業界にきて不思議に思ったことがある。それは難平(なんぴん)という手法である。何かを買って価格が下がり損をしたら、その倍を更に買う、また損をしたら更に倍を買うという投資手法である。ギャンの理論では厳しく戒めているが、これは確率で考えれば当たり前のことである。例えば、10万円損をしたら更に10万円投資するということであり、20万円損をしたら更に20万円投資するということである。ここまでで投資額は40万円になっている。これでも損がでたら40万円を上乗せするので、投資額は80万円となる、次が160万円、320万円、640万円となり、ようやく相場がもとに戻ったとしても利益は10万円である。これほど効率の悪い投資はなく、ギャンが戒めているのは、難平すると一回の取引ですべての資産を失う危険があるからである。10万円損をしたら、手じまいして10万円の損としておけばよいものを、その10万円を取り戻すために320万円や640万円をリスクにさらすことになる。5回や6回連続で負け続けることはざらにある。

 この罠にはまった良い例が、かって住友商事の非鉄金属部長だった浜中氏である。筆者と同世代であり、当時筆者は香港に駐在していた。香港の有色金属公司に銅地金を売り込みに行ったところ、LME価格プラス100ドルという価格を提示したら一笑に付された。馬鹿にされたので、相手は素人の中国人かと疑ってかかると、彼は、中に来いという。オフィスの中についていくと、ロイターディールの画面を見せて、彼が住友商事を呼び出した。そこで銅地金100トンの引き合いを出すと、即座にLMEフラットという価格提示があったので目を丸くした。当時日本にも中国にもLME倉庫はなかったので、上海まで運ぶ運賃が出ない価格である。しかし現実にそのOfferがあり、即座に担当者がDoneと画面に打ち込むのを間近にみて驚愕した。どう考えてもそんな価格はあり得ないと思って事務所に戻り、すぐに東京に電話して、、どうしてわが社はこうしたことができないのだと東京の責任者をなじったものである。

 浜中氏は当時銅地金の帝王とあがめられ、世界中に顧客を持ち、銅地金価格を操っているという噂であった。LMEフラットで売れるには何か仕組みがあり、わが社はそれを知らないだけだろうと思っていたが、後で数千億円の損失を出して浜中氏が捕まった時、事情を知ると、彼は若いころにわずか2千万円の損失を銅地金取引で出してしまい、それを隠蔽するためにどんどん損失を先延ばしにしていった結果、取引はますます膨らみ、同時に損失も大きく膨れ上げり、結果的に商社の数年分の利益を一人で吹き飛ばす仕儀に至ったということだった。

 要するに最初の損失を公にせず、ひた隠しに隠したため、土日も出勤して利益の出ている帳票だけを社内に回し、損失は先送りにしていたため、損失がどんどん膨れ上がったという次第である。こうした損失を隠して会社をつぶした人はたくさんいる。いずれも、上司の受けが良く、休みなく働き、利益を出すので出世した。実は損失隠しのために出勤せざると得なかっただけであり、利益だけ計上するので業績が上がったのだった。事情を知らない人は彼を相場の神様として扱った。

この事件が公になった時、筆者のいた商社では緊急監査が入ったが、筆者の商社では、筆者が行った取引は、チーム員や、経理、海外支店が必ず関与していたため、独りでごまかすことはできないシステムになっていた。投資家は取引を監視するバックオフィスを持つべきであり、奥さんでも誰でもよいから、資産運用の詳細は誰かにさらけ出すべきである。

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