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4つのリスクマネージメント(その2:休むも相場ルール)

二番目のルールはいつも取引を行わないということ(休むも相場ルール)である。

どんな投資でもそうであるが、先行きの見通しがあって初めて、投資を行うのが鉄則である。目を瞑って投資するとしたら、それはギャンブルに等しい。投資とギャンブルの違いは、ギャンブルは全く予想できない一か八かの賭けであるが、投資は、将来の価格の展開を予測する材料があり、予測に基づいて行うものである。

投資した商品の価格が上がると思ったときだけ買い、下がると思ったときだけ売る。休むも相場という言葉があるが、価格に大きなトレンドが出るのは年に1〜2度である。それぞれの商品によって価格変動要因は異なるが、価格が横ばいになっていることも常時ある。資産が大きく殖えるには、価格が大きく動く千載一遇のチャンスを待つ必要があり、常時取引してはいけない。

株式市場は新型コロナウィルスの世界的な蔓延を恐れて、急落した。このことを事前に予想することは難しかったであろう。株価がどこまで下がるかは今のところ見通し難であるが、どこまでも下がることはあり得ない。現在の投資のチャンスは、株価を安値で拾うこと、或いは高値で金を売ることであろう。そのタイミングは難しいが、かなり確度の高い投資となるだろう。なぜなら、こうした価格のスパイクは必ず元に戻るという過去の法則があるからだ。ただ、そのタイミングを測るのは至難の業なので、コマセを撒くように、何度か当たりを試すしかないだろう。少ない資金の場合は小さく取引することである。そして3番目のルールである損切りは必ず入れる必要がある。

4つのリスクマネージメント(その1)

商品先物市場で資産を殖やす人々にとって、四つのたいせつなリスクマネージメントがある。

マネーマネージメント(例:5分の1ルール)
その一つは、証拠金に使うために預けた資金の5分の1しか証拠金として使わないことである。これは一つの例であり、必ずしも5分の1にこだわる必要はないが、資金を一度にたくさん使わないという警告である。例えば100万円資金を預けたら、金の取引を2枚以上行わないことである。金の証拠金は約10万8千円(半月ごとに変わる)であるので、たとえ100万円の資金があったとしても、21万6千円以上は証拠金に充当してはならないということである。
これは過大投資による追加証拠金の発生を防ぐためである。たとえば、100万円で10枚取引を行うと、金価格が10円でも下がると評価損益の1万円/枚×10枚=10万円の追加証拠金が必要となり、更に出資するか、損切するしか方法が無くなる。一日で約100円(評価損失で10万円/枚)価格が動くこともまれにある。10枚売買していれば、100万円の損失が一日で生じることがある。例えば金取引で、10枚ではなく、2枚で取引すれば、一日に100円の価格変動があり、20万円の損益が発生する可能性があるが、追加証拠金は、評価損失が預かり資金を超えなければ発生しないので、20万円損失を発生してもまだ80万円が残っており、追加資金は必要ない。5分の1ルールは投下資金の5分の4を無利子で置いているので、資金効率が悪いように思えるが商品先物取引は一日で利益が証拠金の2倍になることもあり得るハイリスクハイリターンの取引であるため、その程度の余裕は承知で行うべきである。

香港について(その10)

前回香港の話題の最後といいながら、横道に逸れてしまった。今回こそ最後の話題で『取引は信用第一である』というエピソードだ。筆者は非鉄金属部門の代表として香港に駐在していた。香港には非鉄金属総商会という団体があり、その董事長はセントラルの小さなビルの二階に、小汚いオフィスを構える劉(ラオ)さんであった。赴任当初から日本から来る訪問者の大半は彼のところに連れて行き、香港の非鉄金属事情などをヒヤリングする相手であった。劉さんからもいくつかのオッファーをもらった。その一つが、北朝鮮産の亜鉛地金の日本向け輸出取引であった。それを本店につなぐと、買うことになった。
当時マカオに北朝鮮の代表部があり、おそらく劉さんはそこから取引をつないだものであろう。無事に日本向けのデリバリーが終り、当時亜鉛価格が急騰していたので、本店は大いに利益を上げたものである。
劉さんは、めったに日本人のオフィスに来ることは無い。ところが、ある日突然劉さんが私のオフィスに訪ねてきた。珍しいこともあるものだと応対すると、にこにこと笑いながら世間話の後で、『ところで近藤さん、あなたはあの北朝鮮の亜鉛地金を買った時に、その後亜鉛価格が上がると思っていたか』と問うてきた。若くて勢いのあった私は、胸を張って、それは天下の大商社です。世界中に情報網を持っており、おかげ様であの取引では大きな儲けを挙げさせていただきました。と返答し、劉さんは「ああそうですか、それは良かった」とにこにこと笑ってそのまま帰っていった。しかし、その後の5年間、劉さんは二度と私においしい話はくれなかった。いつも日本からの来客があるたびに会いにいくので、にこにこと応対してくれ、また、劉さんの弟が管轄する少量のスクラップの取引は続いていたが、大口の案件は私が香港を去るまでいただけなかった。そこで身に染みて知ったのは、香港華僑と取引する場合は、お互いに儲けを分け合わないといけないという厳しい原則があるということである。自分だけが儲けてはいけないのである。ましてや人を騙して儲けた場合は、その人は村八分に会い信用を失うことになる。ひとたび一人の華僑からは相手にされなくなると、他の華僑からも相手にされなくなるのである。それは私がいかに日本を代表する企業に勤めていようと関係ない、個人の話しであった。華僑が取引するのは、企業相手ではなく、個人対個人の取引であった。私が勤める企業の問題ではなく、私が信用できる人間かというのが判断基準であった。それに気づいたのは、もう香港を離れる頃であった。もし、劉さんに対してあんな大口をたたかずに、利益は折半という華僑との取引の大原則を守っていれば、私は香港駐在時代にもっと更に大きな実績を上げることが出来たであろう。

香港について(その9)

香港の話題の最後である。それは取引は信用第一であるということだ。香港駐在中に経験した華僑との話で香港の話題を締めくくりたい。筆者は非鉄金属部門の代表として香港に駐在していた。実際は、半導体や、製鉄原料など、非鉄金属からはみ出た商品も取り扱ったが、要は鉄以外の取引を部下の香港人3人と私で取り仕切っていた。
香港の非鉄金属総商会という団体があり、その董事長はセントラルの小さなビルの二階に、小汚いオフィスを構える劉さんであった。香港読みではラオさんである。鶴のように痩せたおじいさんで、太極拳の師範のような風貌であった。
太極拳と言えば、香港着任直後から二人の香港人が、毎朝私を迎えに私のマンションにBMWで乗り付け、出社前にトンロー湾で太極拳を習いに連れていかれた。二百数十手ある太極拳の型はすべて戦いのときの防禦と攻撃の手である。町の公園では朝早くから老人たちが太極拳の演武をしているが、とてもゆっくり動くことにその意味が込められている。しかし、実際の太極拳は違うことをこの目で見た。ある日米国からおじいさんの師範の息子が帰ってきて、師範と戦った。この時初めて、太極拳はこんなに速くて荒い、恐ろしい動きなのだということを知った。空手の試合のように二人は間髪を入れず打ち込んでいた。聞けばこのおじいさんは、ベトナム戦争の時に米兵に実践の太極拳を教えて兵隊を鍛えた有名な師匠なのだそうだ。
毎日迎えに来た二人の若者は、実は大富豪で、一人はセントラルのビルのオーナーで、ペントハウスに住む不動産業者であった。ある日彼が持つビルを売りたいが誰か日本人で買う人はいないかと聞かれ、早速日本に電話したら、200億円で買うという。すぐに電話すると、近藤さん、申し訳ないけど、もう400億円の買い手がいる。一日で200億円も、もうかってしまったから売るのは見合わせると、のたまった。空いた口がふさがらなかった。
この二人がなぜ毎朝私に接近してきたのかという理由は半年後に分かった。もう一人のお兄ちゃんが、ビルのカーテンウォールという外壁を製作する工場の社長だった。しかし、まだ実績が無かったため、セントラルで受注したビルの工事について、私の会社に完工保証をしてほしいということが目的だった。この会社の工場に、日本のある有名なカーテンウォールメーカーの技術者が技術指導をしていた。本店に話を持ち込み、了解を得て、ビルの外壁の完成保証を前回お話しした資本金2ドルの、日本で言えば、三菱地所に当たる会社に対して行うこととなり、1年後無事ビルは完成した。建設中カーテンウォールの出来具合を見に、何度も現場を見に行ったものである。この香港のカーテンウォールメーカーはその後、香港ばかりでなく上海や北京で高層ビルを受注したが、そのスターティングポイントに私の保証行為があった。太極拳の費用や、20人程の設計者事務所や不動産会社の人と共に、夜な夜なナイトクラブの女性を連れ出して、食事をした費用なぞ、安いものであった。文章が長くなってしまったので、今回はここで終わり、次回を最終回としたい。

香港について(その8)

 みなさんは銀行が倒産して預金が無くなったという経験をお持ちの方はいらっしゃるであろうか? 日本でも1990年代の前半に銀行の貸し倒れ損失が増加し、90年代の後半には複数の大銀行が自己資本不足に陥った。そのため日本政府は大手銀行に対して資本注入し、自己資本不足の金融機関の営業継続を容認したが、大量の預金引き出しや山一証券のように、寄託有価証券の引出しという事態を招き、山一証券や三洋証券、北海道拓殖銀行は経営破綻し、長期信用銀行や日本債券信用銀行、第一勧業銀行、富士銀行、住友銀行、東海銀行、東京銀行、埼玉銀行等は合併により、みずほ銀行や三菱UFJ銀行、三井住友銀行、りそな銀行、あおぞら銀行等に生まれ変わった。もはや以前のどこの銀行がどこになったのかわからなくなっている。1927年の昭和金融恐慌や、1973年の豊川信用金庫事件など、健全経営を行っていた銀行も、列車内で女学生が信用金庫など危ないわよと笑ってしゃべっていたことがきっかけで、取り付け騒ぎが起こって倒産している。
 さて、香港では筆者は実際に銀行が取り付け騒ぎに会って倒産した現場を見た。日本から来た顧客とマカオに渡るフェリー乗り場に行く途中、香港のセントラルに構える銀行店舗の前に長蛇の人の列が並んでいた。どうしたのだろうと、フェリーの中でテレビを見たら、その銀行が倒産したのだそうだ。名前を思い出せず、何度もネットで検索したがその情報は既に過去のものとなっておりどこにも名前は出ていなかった。この銀行は香港中に立派な支店を構え、英国風の名前で、余程詳しく調べなければバングラデシュの銀行であったことは誰も知らなかったであろう。銀行の経歴など、後になってからしかわからない。ちなみに、香港最大の不動産企業の信用調査を取り寄せた所、資本金は2ドル、当時の為替で34円であった。信用調査書には、ほとんど具体的な記載がない。それでもセントラル近辺のオフィス開発を行う三菱地所並みの大企業であった。
香港では一切が信じられないところから始まる。従って最も大切にされるのは信用である。ひとたび信用を失うと、香港のみならず華僑の世界では生きていけない。あいつはうそをつかず、約束は必ず守る男だという信用を勝ち取るまでは何年もかかり、一旦信用を勝ち取れば、後は面白いほど仕事が舞い込む。すべて口コミであり、記述された記録ではない。
倒産した銀行の話には後日談がある。香港では預金保険機構のような制度はなかったので(今もないと思うが)、銀行が破綻すれば文字通り一文の返金もないことになる。実際に、前回フェロシリコンを買った相手先に対して、中身が石ころだったので、香港の高等裁判所で訴訟して、毎月5万ドルずつ10回、合計50万ドルの支払いを受けるという和解契約を結んだ話をしたが、2回の支払いの後、相手先の企業は倒産した。慌ててオフィスを訪ねると、女社長がテーブルの上に100万米ドルの定期預金証書を見せてくれた。女社長はそれを指差し、「これパーなのよ」と、のたまった。確かに上記破綻銀行の預金証書であり、1億円以上の預金はゼロとなったのが現実であった。少しこの女社長に同情心が沸いて、別の会社名で同じ従業員が同じオフィスで働いていたが、東京の本店に対しては、相手先は倒産したと報告したものだ。香港では誰も守ってくれない。すべて自己責任の世界である。

香港について(その7)

香港のハブとしての役割は意外に知られていない。例えば香港の港が扱うコンテナの量は、日本の横浜と神戸港を合わせたより多い。そして、その港のコンテナターミナルは李嘉誠という個人の持ち物だというと驚かれないだろうか。彼は長江実業のオーナーで、香港島と九龍半島を結ぶトンネルも彼のものである。中国人は現金決済を好む。人を信用していないので、掛け売りは好まない。香港埠頭に接岸するコンテナ船が1本陸揚げされるたびに、李嘉誠の懐にコンテナ取扱料が入り、トンネルを1台車が通貨するたびに李嘉誠に通行料が入る。そうした収入に税金はほとんどかからない。私が住んでいたマンションにはロールスロイスとランボルギーニがざらにあった。

香港について(その6)

香港は正に情報の世界である。インターネットがこれほど発達する前には、あらゆる伝言ゲームにより世界で起こった情報が瞬時に流通している場所であった。情報があるところに金は集まる。香港は正に資本主義の権化であり、自己責任の、束縛のない自由な競争社会であり、巨大な市場であった。
香港で才覚があれば、すぐに大金持ちになるため、世界の大富豪があの小さい島にたくさん住んでいる。また世界のあらゆる種類の金融機関が香港に支店を出している。うがった見方ではあるが、日本の株式市場で日本株を買っているのは青い目の外人ばかりでなく、香港やシンガポールに支店を置く日本の大手証券会社や機関投資家が日本株を買っているのではないかと密に思っている。
さて、少し筆者の自慢話になるが、筆者は香港に6年駐在し、商社の出先と機関として、毎年数億円の収益を上げていた。本店の非鉄金属本部長からどうしてお前はそんなに儲けることが出来るのだとおほめの言葉をいただいた。なぜなら、ロンドンやニューヨーク、パリ等に非鉄金属を扱う駐在員を何人も送りだしているが、世界中の支店の中で、自分の経費を自分の利益で賄っているのはお前の香港だけである、前任者も本店からの仕送りが無ければ赤字だったと言われた。
筆者は通常の商社マンとは違った行動を取っていた。つまり、本店の指示を受けて動く駐在員ではなかった。独りの商人として、韓国から品物を買い、中国に売ったり、中国に在庫していた非鉄金属を米国に売ったり、米国のアルミの形材を香港のカーテンウォール(ビルの外壁)メーカーに売ったり、香港製のアルミ缶を日本のコカ・コーラボトラーズに売ったり多くの新しい取引を開拓した。電話一本で何十億という取引が簡単にでき、日本向けにフェロシリコンを売ったり、日本から直接中国には売れなかった半導体を香港経由で密かに売ったりした。
そこでは信用を重んじる華僑の世界に飛び込んで、食事を共にすることから始まり、嘘偽りの無い小さな商売を何度も繰り返して信用を勝ち取り、徐々に大きな話が持ち込まれるようになった。
中国産のフェロシリコンはしばしばブレコンバッグの中に石ころが積まれていた。そのまま日本に送ればクレームは必至であったが、何度か痛い目に遭ったうえで信用のおけるサプライヤーを探し出し、そうしたインチキで騙されることは少なくなった。それでも日本に送った500トンのフェロシリコンの半分が石ころだった時は、香港の華僑を相手に訴訟を起こし、和解して50万ドルを10回分割払いで支払いを受けることになった。数回振り込まれた後でその華僑は倒産したが、倒産とは名ばかりで同じ女社長は同じオフィスで同じ従業員と共に働いており、会社の名前だけが変わっているという華僑のしたたかさにも遭った。結局商売とは、相手が信用できるかどうかを見極めることから始まることを学んだ。安いとか高いというのは二の次である。商売をしても商品が偽物だったり、売った代金を払ってこなかったりすれば結局商売にはならない。信用できる相手を選ぶことが基本中の基本であった。

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