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過去の記事 - 2019 / 12 -

香港について(その5)

中国共産党が最も恐れることは、人民の不満の蓄積による反乱である。世界第三位、世界の国土の6.5%を占める土地の上で14億人の人民を一律に統御することはとても困難なことであろう。
習近平総書記にとって、最大の悩みは長老政治家の隠然たる政治勢力であろう。2012年に総書記就任以来、数々の政敵を腐敗撲滅という名目で葬ってきた同書記は、まだ胡錦涛や江澤民といった先輩諸氏の勢力を排除しきったとは言い切れない。ことに江澤民は石油財閥からの資金を数兆円規模で持っていると言われ、簡単に排除できる存在ではない。習近平は未だに権力闘争の渦中にあると言えよう。
中国人は何代もの支配者に対してうわべはかしこまる国民であるが、いずれその権力者の力が衰えることを見越しているため、過度に同じ権力に媚びを売ることは無い人々であると思う。権力者には弱いが、弱い振りをして従うのがうまい、したたかな民族ではないかと筆者は思っている。
いずれにせよ権力闘争の渦中にある習近平総書記は、香港に対しても権力を振るって統制しようとした。それが手痛い反発にあって戸惑っているのではなかろうか。香港の人々にとっては、自分が中国人であるという認識は薄い。中国民族であることは誰しも否定しないが、国家の体制に従う習慣は持っていない。
筆者が仕事のために中国国内に何度も足を運んで感じたことは、誰もが体制に心から心腹してはいないという感触である。支配されている振りをしているに過ぎなく、支配体制はいずれ変わることを承知している。
一方香港の人々は、管理されることに慣れていない。規制そのものが無い世界であり、人々は他人に迷惑を掛けない範囲で、自由にやりたいことをして、もっぱら金儲けにいそしむ人々である。健康保険や年金などの保護の無い競争社会の香港は、世界を代表する資本主義世界だと言えよう。小平はそうした事情を十分認識していた。習近平は、香港を中国に組み入れようとしたが、それは間違いであることに気付いている。それは小平が作った一国二制度を守ると盛んに言い始めていることで推測される。

香港について(その4)

小平は偉大な政治家であった。周恩来と共に毛沢東を支えてきたが、毛沢東による集団農場の政策は悲惨な結末を迎えた。多くの農民は、政府が掲げる計画を達成するためにしのぎを削り、作ってもいないものを作っていると報告し、隣の村がこれだけ作ったといえば、それ以上の数字を提出した。結果として計画経済は机上の上ではとてもうまく行き、余った作物はソ連に輸出された。その一方で飲まず食わずの農民が続出し、2千万人を超える餓死者が出たと言う。
共産主義は、大地主から小作人を解放する過程では立派にその役割を果たしたが、いざその後の集団農業となると、数量主義に陥り、品質の改良は行われず、頭数合わせが競争的に行われた。こうした共産主義の非効率性はソビエト連邦の崩壊により歴史的に証明されている。
 パリでの留学経験のある小平はこうした社会主義の欠点を見抜いていた。というより、貧困にあえぐ人々を何とか西欧社会なみに豊かにしたいという理想を持った。黒猫でも白猫でも良いから、ねずみを採った猫は良い猫だとわかりやすい比喩で人々が金儲けに走ることを容認した。香港の隣の深圳を初めとして各地に経済特区を作り、外国企業を誘致し、安い労働力を提供して国民に企業経営を学ばせた。
 『改革開放』を旗印にかかげ、経済発展の手本として日本を選び、新日鉄や小松製作所を手本とした。それに対し新日鉄の稲山会長や小松製作所の河合会長が協力し、経済顧問として大来三郎を迎えた。小松は中国国営企業に対して無償でTQC活動を教え、それまで連綿と計画されたものを計画された数量だけ作り大半が不良品だった国営エンジン工場を改良し、売り上げも利益も倍増させた。このTQC活動を全国の国営企業が倣った。戦争をして国土を蹂躙した相手国を経済発展のパートナーとして選んだ慧眼や、国民のためなら、真摯に教えを乞う態度は小平ならではのことであった。
 さて、99年の租借を終えてサッチャー英首相が香港を1997年に中国に返還することを合意すると、香港の地位をそのまま保つために一国二制度という制度を作り、社会主義の中国国内と、自由主義を謳歌していた香港をそのままの地位で残そうとした。筆者が駐在していた英国統治下の香港には、規制はほとんどなく、何をしても自由で、自己責任で何でもできる場所であった。遅れた経済を近代化しようとしていた小平は、香港の役割を十分認識していたと思われる。もし小平が今でも生きていたなら、決して香港に現在のような騒動は起きていなかったであろう。自由滑脱な香港を社会主義で圧制しようという発想は小平にはなかったのではないだろうか。

香港について(その3)

香港料理で書き忘れたことがあった。ふかひれスープである。これは中国人との会食では欠かせない一品であり、日本からの顧客にも、いつもふるまっていたが、日本人が好むカニ入りふかひれスープは最も安いメニューである。最高に高いふかひれスープは全体の姿が整ったもので、手のひら以上のサイズとなると一皿2万円近くするものもある。『福臨門』というふかひれで有名な店があるが、今では日本の丸の内の丸ビルにも出店している。香港のガイドブックを見て福臨門本店でふかひれを食べた観光客は、騙されたと思うだろう。数千円の高価なスープが、どんぶりで出てくるからだ。しかし上述のように、ふかひれの姿煮は高いのである。ふかひれは日本の三陸気仙沼沖や、鳥取県、島根県で取れるらしく、江戸時代から日本の主要輸出産品だったと聞く。

騙されたと言う話で思い出したが、マカオのリスボアホテル近辺にある宝石店で買うエメラルドはお勧めではない。取引先の中小企業の社長が300万円という正札がついていたものを20万円まで値切り倒してきたと得意げに話していたが、おそらく価値はガラス玉に等しいであろう。

海外は人を騙すことを商売だと心得る人々が多い。だから多くの人が集まる市場でもまず価格を値切ることから始まる。正札通りで買う香港の人はいない。
毎年、旧正月前に香港の町中で一斉にダンピング販売が始まり、デパートを含めてすべての店が毎週価格を引き下げて、最後は投げ売り状態となる。在庫一掃セールであり、この時は、在庫販売用に作った商品の販売ではなく、実際に日頃から飾ってある商品が週ごとに値札が書き換えられる。駐在員は一年でこの時しか買い物をしない。背広やネクタイでも、エルメス等一部超高級店を除き、グッチでもフェラガモでも、一流ブランドの商品がどんどん価格が下がる。

 華僑という集団は、互いに親類であったり、長年取引のある人々の仲間であり、その中に入るのはとても難しいが、ひとたび信頼されればこうした駆け引きの無い世界に入ることが出来る。逆に言えば、それ程人を信用していないのであり、現金以外の掛け売りはほとんど行われないが、華僑やインド、韓国の集団内では信用さえあれば物を購入して転売できるまで支払いを待ってくれたりする。いわゆる貸し借りの世界となる。集団の中と外では商売のやりにくさや、価格は大きく異なる。(以下次号)

香港について(その2)

香港は、以前は非常に治安の悪い街だったと言われる。その昔、多くの中国の大金持ちが、金を肌身に就けて海を泳いで香港に流れ着いたと言われていた。そして、中国に置いてきた子供を助けるために、日本人等駐在員の子供が誘拐され、中国本土香港人が連れて行って自分の子供と交換してくると言う話や、街中を日本の主婦が連れ立ってあるいていると、一番後ろの人がいなくなって、中国に街娼として,売られたという話がまことしやかに語られていた。むろんそんな事実はないだろうが、近代化される前の香港は、商店は黒社会と呼ばれる暴力団がはびこり、また警察は賄賂のかたまりだったという。そこにある時ピューリタンの英国人が警察署長として赴任してきて、賄賂を採る警察官を片端から解雇し、綱紀を粛正したという。
そして私が駐在した1980年代、90年代はとても住みやすい、良い街だった。香港島には超大金持ちが住み、私のマンションは家賃が月額100万円だったが、50メータープールがあり、3面のテニスコートを完備し、24棟の高層マンションは鉄条網に囲まれた公園の中にあった。幼稚園は日英中の子弟が仲良く席を並べ、香港島の中央にある日本人小学校には2000人の日本人生徒がいて海外では最も大きく、貸し切りバス数十台で九龍半島からも通ってきた。
私は次男の小学校6年間リトルリーグの監督であり、毎週日本人6チーム、英米国人6チーム、中国人6チームでハイスクールに貸し切りバスで遠征して試合をしたものだ。
料理は中華料理も潮州料理がメインであるが、広東、福建、北京、上海、四川、湖南、客家料理等それぞれにとてもおいしく、客が長打を為す店はおいしいが、コックが変わり、味が落ちるとすぐにガラガラになるのがすごいと思った。香港では一番多い潮州料理は、ゆでエビ(生きたものを老酒で蒸したものもある)に始まり、ガルーパ(日本名クエ)の煮物や、アワビの醤油煮は絶品で、海鮮系の食事である。また北京料理は北京ダック、四川料理は辛い麻婆豆腐等、湖南料理にはハムと蜂蜜とパンの料理や竹のスープが有名だ。何料理家知らないが、鳩のローストもおいしい。冬には蛇のスープも材料名を言わなければ客は温まっておいしいと言ってくれる。短冊に切ってあるので、蛇とはわからない。広東に行けば犬も常食である。変わったところでは福建省の三明市の市長と共に熊の手を食べた。ゼラチン質の手のひらを細く切って食べた。市長も生まれて初めて食べたという。桂林の山奥ではハリネズミや穿山甲(アルマジロ)を食べた。料理する前に生きている姿を見せてくれる。これでいいかと言われるがかわいそうだった。蛇と同様、スープ状の具になっていて原型は全く分からない。うまいと言うほどではなかったと記憶する。(以下次号)

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